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島巡りとデモ (チチカカ湖 プーノ) 2011年5月
午後になって、チチカカ湖の港に向かう。前日から本格化した、プーノ近郊に住むアイマラの先住民達による“鉱山開発反対デモ”。そのせいで、町には一台の車も走っていない。

夜、公園に集結するデモ隊
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湖のそばまで来ると、羽虫の大群がもわもわと頭の周りをずっとついてくるようになる。ジェフ(主人)は帽子を振り回して追い払うおうとするが、逆にどんどん帽子の中に入ってきて、さらなる格闘になる。緑色の藻が浮いている岸辺には、変な顔の“スワン号”が待ちくたびれたようにぷかぷかと浮いている。ペルー第2の観光地チチカカ湖。道沿いに、100軒はあるだろうというお土産やさんも2、3件を除いて、その扉は閉められたままだ。港の入り口には銃を持った警備員が10人ぐらいうろうろしている。しかし、その装備とは裏腹にまったく緊張感もなく、サルテーニャ(南米の餃子型肉まん?みたいなもの)を食べながらのんびりしている。
プーノ周辺のチチカカ湖は案外薄汚い湖で、ちょっとがっかりする。

そんなに怒らなくっても・・・
DSCF8604.jpg


しかし町にいてもデモで店も開かないどころか、ほぼホテルにかんずめ状態なので、1泊2日の島巡りをすることにした。
3島巡りのツアーを申し込むのも、ボートのチケットだけを買って、あとは自分達で手配するのもほとんど同じくらいの値段なのだが、“ツアーに参加してしまうと、料金のほとんどは旅行会社に取られてしまい、島の人にはほんのわずかのお金しか支払われない”と聞いていたので、翌日のボートのチケットだけを買うことにした。

ウロス、アマンタニ、タキーレ、チチカカ湖の島を巡る1泊2日の旅
船賃3島めぐり30ソル
宿代一人30ソル(食事込み)
入島料5ソル×3
合計75ソル(約27ドル)


ウロス島
トトラと呼ばれる蘆(アシ)を敷き詰めた人口の浮島。
島も家も船も全てがこのトトラで作られていて、なんだかおもちゃのようだ。

模型を見せられるが、本物となんら違いなし
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浮島の土台の部分は、5キロほど離れたところにある、植物の根が群生してできた塊を切り取ってきたもので、その上にトトラの青い部分がたっぷり敷き詰めてある。15日おきにどんどん新しいトトラを乗せていくそうで、歩くとなんとなくフカっとした感触で、つやつやとして、とてもきれいだ。

現在、ウロス島には約2000人が住んでいる(ガイド談)。彼らはデモを行っているアイマラの先住民と、とても近しい人々で、現在でもアイマラ語を話している。

ファンタジー ウロス島です
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よく晴れて空も湖もうそのように青い。ボートがすべるようにゆっくりと島に近づいていくと、赤やオレンジの民族衣装を着た女性達が岸辺に一列に並び、ゆれるように踊りながら歌っている。そして彼女達のバランス、5頭身くらい?で全員とても丸い。何かに似ている!

“あ、イッツ・ア・スモールワールドだ!!。”音楽が頭の中を流れ出す。ララ・ランランラン・ララ・ランランラン~自分が船に乗っているところまでそっくり!

大自然の中で繰り広げられる本物の人間出演によるアトラクション(?)。ものすごく盛り上がる。世界にはいろんな民族がいて、いろんな生活習慣がある。

歌ってくれます
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うわさでは、ウロス島に住んでいるといわれている住民達の何人かは、実はプーノの町で暮らしていて、朝、衣装を着てボートで働きに来ているのだと聞いた。(あくまでもうわさです!!)なんとなく、そんなうわさも本当なんじゃないかと思うくらい、生活感の少ない島。
見学をさせてもらった集落の長(おさ)は、生まれは別の集落で、家族は漁業を営んでいたそうだが、10数年前から観光業を始めてこの集落の長になったという。
伝統的生活(?)を再現してはいるが、そういう意味からすると、やはりここは作られた集落ということになる。・・・が、だから悪いというわけではなく、このイッツ・ア・スモールワールド、一見の価値はあり。チチカカ湖を題材にした刺繍や民芸品を見たり、家の中を見せてもらったり、トトラで作られた舟に乗ったり、予想以上に楽しいツアーだ。

トトラの白い部分 試食中
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刺繍をする長(おさ)婦人
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トトラで作られた船 これで売店のある集落まで行きます
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集落の人々に別れをつげ、船で移動していくと、このウロス島、実に長い。途中で見かけた小学校では、校庭で遊ぶ子供達の姿も見られ、ここでの“生活”というものも今でもちゃんと存在しているようだ。 

本物の小学校
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アマンタニ島
ウロス島からアマンタニ島まで、3時間かけてやっとたどり着くことができた。(もっと速いボートもあるのかなぁ・・・)

2時ごろアマンタニに到着する。ぶらぶら歩いてホームステイ先を探そうかなぁと思っていると、すでに港に迎えが来ている。ボートのチケットだけ買うと、ボート関係の人の家に連れて行かれるようだ。
ウロス島でも同じボートの“ツアー客”に混ぜられていたので、ちゃんとガイドもいたし、これは楽チン。家につくとほぼランチの用意ができている。“チチカカ湖の魚が食べられるかな”と思っていたら、アマンタニの人たちは魚も肉もほとんど食べないのだと言う。本当かなぁ~?なんとなく節約風で、ちょっとがっかりしたが、全て地の物を使ったという野菜たっぷりのキヌア(やせた土地でよく育つ、とても栄養価の高いスーパー植物、最近は日本でも健康食として注目されてるんじゃないかな)のスープもオカという芋虫のような形の野菜も、とてもやさしい味がして美味しかった。ベジタリアンのジェフは大喜び。

一休みして、夕方4時、島の遺跡の頂上を目指す。

パチャタタ遺跡(父なる大地) 
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ガイドはこの家の子供。坂道から見下ろすチチカカ湖は青く、島の人々はとても穏やかで幸せそうだ。決して豊かな島というわけではないのだろうが、道や家、畑はきれいに整備され、ごみも見かけない。観光客にお金をねだるものも一人もなく、ただ笑顔で通り過ぎていく。聞くところによると、この島にはまだテレビがないのだそうだ。そして12歳になる私たちのスーパーガイド君は、一度もこの島を出たことがないのだとか。“世界を知らないことがいいこと”、とは決して言えないが、四角い箱の中で繰り広げられる、島の生活とはまったく違った次元で、ものを考える世界。そんなものをうらやむこともなく、家族や友達、島を取り囲む環境、そして美しいこの島、これらのものたちに満されて、島の人々は暮らしているようだ。

島のいたるところに段々畑がある
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畑はほぼ乾いた草色ですが一角だけ花盛り
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ホームステイをする観光客も、ローテーションで平等にそれぞれの家族にまわし、ビシネス競争みたいな意識も今はまだないようだ。そのため、同じ値段を払っても、時には少し裕福な家に泊まることになるかもしれないし、時には多少貧粗な家に泊まることになるかもしれない。島の人々に平等であるためには、観光客にはちょっとした不公平は我慢してもらう、そんなところだ。しかし、こんな平和な公平が、いったいいつまで続けられるのだろうか。私たち観光客が、少しずつこの静かなバランスを壊していくのだろうと思うと、少し胸が痛んだ。

夜は民族衣装を着せられ          パーティーへ
DSC_0379 (2) DSC_0384 (2)

翌日は、アマンタニから1時間ほど離れたタキーレという島に寄る。


タキーレ島
タキーレから眺めるチチカカ湖は天気のせいもあるのかもしれないが本当に青々としている。藍に近いといってもいい。


DSCF8714.jpg

本当に大きな湖だ
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坂をどんどん登っていくと民族衣装の男性達が立ち話をしながら、編み物をしている。そして、その手の動きの速さといったら尋常じゃない。複雑な模様を編んでいるにもかかわらず、手元はまったく見ていないように見える。すごい技だ。
この島は工芸品が有名で、織物や編み物の質は高く、そのせいか値段もとても高い。
通り過ぎていく子供や老人はみんな「お金、お金」と言って、手の平を突きつけてくる。
チチカカ湖の隣同士の島にもかかわらず、昨日のアマンタニとはずいぶん様子が違う。
そしてランチで連れて行かれたレストラン(?というかチチカカ湖を見下ろせる個人宅の庭に、長テーブルと椅子が並べられている)はランチセットが一人20ソル(約7ドル)!!キヌアのスープと、メインはチチカカ湖で取れたといわれるマスがきれいなフライになって出てくるのだが、やっぱり少し高すぎる。アマンタニでの宿泊代が3食込みで一人30ソルなのに比べても、ものすごーーく割高。
ということで、私達は予定通り持参したパンとチーズとフルーツを食べる。
しかし、ここで食事をした一緒のボートの観光客達は、このランチにとても満足していたよう。なので、これはこれでいいのかもしれない。せっかくの旅行だし観光地だしね。

プーノの港が近づいてきた。すれ違った一台のボートが警告してくる。港はデモ隊でいっぱいで戻れないと。
えーーーー。


デモとプーノの町
私たちのボートは町から徒歩30~40分ほど離れた草むらにつけられる。まるで密入国の気分だ。こっそり飛び降りてみんなでまとまって町へ向かう。

草むらを歩き                    バラ線のある壊れた土手を越える
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デモで、仕事も学校も休みなので広場には人があふれている。みんなバレーボールを楽しんだり、のんびりと座っていたり、さながら平和な休日のように見える。しかし町に近づくにつれ、そんな光景とは対照的に人影もまばらになり、道路のいたるところに置き石がごろごろしている。そして空っぽの道を1台通り過ぎたバイクタクシー。それにむかって若者達が、笑いながら石を投げつける。

DSCF8723.jpg

町に戻ってみると銀行の窓はヒビだらけ、公衆電話は根こそぎちぎられ道路から配線が生えてきたみたいに見える。この二日の間にデモはさらに激しくなっていた。

かなりひどいヒビ 被害はこの銀行だけじゃない
DSCN1539 (2)

後で知ったことだが、週末デモに参加した大学生達が、勢いづいて町を壊して回ったのだそうだ。

町の人たちの多くも、外国(カナダ)資本による鉱山開発に賛成しているわけではない。鉱山によって汚染される土地や深刻な水不足、その上そこに住むアイマラの人々には、まったくといっていいほど残らない利益。そんな現実を理解していたプーノ市民。しかしこの日を境に、町の人たちはデモ隊に対してものを売ることをボイコットし始め、デモを支援する雰囲気は、なんとなくなくなってしまった。デモ隊を恐れ、パン屋も市場もレストランも扉を閉めたままだ。ノックをすれば開けてもらえると町の人は言うが、なかなかうまくいかない。そんななか、いつも本当に救われるのだが、中華やさんは偉大だ。どんなときでも商売を忘れない。金属シャッターは閉めているが、小さなドアは開けたまま営業している。奥のほうにお客さんがいるのもシャッターの柵越しに見える。プーノに来てから何回も食事をしているレストランだ。
早速夕飯を頼んで待っていると、デモ隊の音が近づいてくる。開けていた小さな扉もシャッターも完全に閉める。しばらくして店の前にさしかかるデモ隊。突然、何人かの男達が、叫びながら窓に向かって大きな石を投げつけてくる。シャッターの内側は前面ガラス張り。あわててウェイトレスが店内の電気を全部消す。真っ暗な中、デモ隊が通り過ぎてしまうのをみんな静かに待った。

公園入り口で待機する警察官
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プーノからどこへもいけなくなった。各主要道路に続く手前の町で道路が封鎖された。

翌日、小さな記事を見つける。“警官の誘導で、プーノに残っていた外国人観光客救出!”“現在、プーノに残る外国人はボランティアとバックパッカーのみ”だそうだ。
観光客とバックパッカーの境界線って?何で、バックパッカーは救出してもらえないんだろう?
この日は外に出るのも危険だと、ホテルのオーナーが、いまだに滞在している“私たち2人とプーノでボランティアをしている3人の外国人”にお昼ご飯を作ってくれた。ニュースって案外正しいんだなぁ。

観光客としては、デモで道が封鎖され、移動に支障をきたすようになると、つい“迷惑な話だ”と思ってしまいがちだが、個人的には“アイマラの人々にがんばってもらいたい”と思っていた。デモをする人々は自分達の生活や権利を守るために必死で戦っているのだ。
冷え込む夜も公園で眠り、道端で煮炊きし、少ない食糧を食べ、町を歩き続ける。
ちょっと遊びに来ている観光客にはこの国で起きている現実にとやかく文句を言う資格はないのだと思う。


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[2011/08/06 03:33] | ペルー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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