FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
マチュピチュへの道のり
DSC_1594.jpg

クスコからマチュピチュふもとの町、マチュピチュ村(アグアスカリエンテ)まで
ペルーレイル、ふかふかの座席で美味しいお茶をすすりながら絶景を眺める。外国で乗る電車というのは、なんだかとても特別な気がしてさらに楽しい。食事や民族舞踊のサービスなどもあり、なかなか贅沢な旅である。マチュピチュへの期待を膨らませながら、ゆったりとすごす3時間半・・・・・。
というのは私の憧れのコース。道路が整備されていないクスコ~マチュピチュ間は、現在鉄道の独占状態。年々どんどん値上がりするチケット。そのため、私達が実際に取ったコースは、

①クスコから大きな大きな谷を超えてサンタマリアという町まで乗り合いバン(コンビと呼ばれている)で4時間半。30ソル。

②サンタマリアからさらにタクシーで1時間半かけて、電車の駅のある“水力発電所”まで行く。サンタテレサ経由、15ソル

③そこから線路に沿って2時間半~3時間ほど歩くとやっとマチュピチュ村(アグアスカリエンテ)に到着することができる。

というもの。

もちろん風景は絶景。しかし、その道のりは長くて遠い。到着する頃には荷物はずっしりと重くなり、足の裏は、靴底が擦り切れてしまって、石ころの上をじかに歩いているんじゃないかと錯覚するくらいにじんじんしてくる。
それでも線路沿いの夕方のハイキングはとても楽しい。川沿いの豊かな森は、3時を過ぎてもまだぎらぎらしている太陽をさえぎってくれる。そしてその森はたくさんの鳥や動物たちの住処にもなっていて、アンデスイワドリ(トゥンキ)というペルーの国鳥で赤い変わった頭を持った鳥や、ミニカピバラみたいに見える動物(アグーチ)にも会うことができた。

谷を見下ろし
DSCF8299.jpg


険しい山をかすめ
DSC_1582.jpg


道路にあふれる川も越える
DSCF8433.jpg


線路は歩いちゃいけません
DSCF8314.jpg


ぜんぜんお客の乗ってない電車に手を振る
DSCF8419.jpg


マチュピチュ村(アグアスカリエンテ)の夜
ちょうど日が暮れる少し前にマチュピチュ村(アグアスカリエンテ)に到着。観光客用のレストランとお土産やさんばかりが立ち並ぶところだ。日本人の団体旅行者が、とてもきれいなホテルにチェックインしているのに遭遇し、本気でうらやましいなぁと思う。
この日はちょうど、お祭りの最終日だそうで出店がたくさん出ていて、公園ではダンスとバンド演奏がはじまるという。
が、今日一日とても長かったのと、夕食のときサービスで出された“ピスコサワー”というカルピスとメレンゲを混ぜたような味のお酒も手伝って、ジェフ(主人)の目はすっかり血走りはじめていた。明日の朝も3時半起き。コンサートはあきらめてホテルに戻ることに。

しかしその後、コンサートは朝の2時ごろまで続く。酔っ払いががなるような歌い方をする声。耳を塞いでも塞いでも、頭に重いどろどろとした液状の金属が流し込まれるように響いてくる。音量もMAX。・・・・絶対に眠れない。水でも買おうかと、あきらめて外に出てみるが、出店は完全に閉まっている。空っぽになった公園に、散らばったごみと、酔っ払いが2、30人のみ・・・しかし、なぜかコンサートは爆音で続いている。いったい誰のための何のコンサートなのかさっぱり解らない。耳に化粧水用に持っていたコットンを突っ込み毛布をかぶって、さらにセーターで耳を押さえる。ようやく少しだけうとうととする。

朝3時半。あっという間に目覚ましで起こされる。
何かの拷問だろうか?このまま寝てしまいたいと思うが、今年の1月から、マチュピチュチケットの期限は当日のみ。払い戻しも変更も不可。延期するわけにはいかない。


マチュピチュ村(アグアスカリエンテ)からマチュピチュ
ふらふらと、まだ暗いうちにホテルを出る。朝4時。町から、マチュピチュまでも歩いていくことにしていた。川沿いに坂を下り、山道入り口の橋にたどり着く。すでに大勢の旅人が来ていて長い行列ができている。入り口の門は5時になるまで開かないのだそうだ。8ヶ月前から始まったというこの規制。
山の上のマチュピチュ入り口のすぐそばにある、マチュピチュ・サンクチュアリーロッジという一泊約1000ドル前後!!の高級ホテルから苦情があったのだそうだ。“夜明け前からバックパッカーがうろうろしてうるさいと。
“対極の戦い。”

ちょっと見にくいが列はずっと先まで続いている。予想以上の人数にびっくり
DSCN1194.jpg

30分ほど待って門が開く。100人ぐらいのバックパッカーが一斉に歩き始める。ジグザグに続く石段。1996年と彫られたサインを通り過ぎる。意外と最近整備されたものらしい。石段の脇で休む人を抜かしたり抜かされたり、みんなハアハアと息があがっている。
約50分、汗びっしょりで、ようやくたどり着いたマチュピチュ入り口。深い森を抜けてきたそこは、前述したマチュピチュ・サンクチュアリロッジのさえない建物と(たぶん中はきれい)売店、カフェ、そして動物園で見かけるような回転式の入り口などがある、ほどよく整備されすぎた場所だった。ちょっとがっくりする。
6時少し前、朝方は靄がかかると聞いてはいたが、完全に曇り。日の出感はゼロである(雨男のせい?)。そしてまもなく、町からの始発のバスも到着して、入り口付近の狭い敷地には観光客がうようよし始める。徒歩組みは徒歩組みで着替えを持ってきている人がたくさんいて、その辺でどんどん脱いでいる。なぜか上野公園を思い出す。

そんな混沌を横目に“ワイナピチュ”という山(マチュピチュの写真で背後にそびえている尖った山)の入山許可スタンプをもらう(1日400人の入山規制、早い者勝ち)。

階段上、あふれる人とワイナピチュ入山許可スタンプに並ぶ人 下は問題のトイレに並ぶ人
DSC_1597.jpg


少し落ち着いて、おやつを食べながら一休みしていると、階段の下に列ができ始める。荷物預かり所かなと思ったらトイレだった。“そういえばマチュピチュ内にはトイレはないんだった”と、急いで私も列に加わる。6時10分。一向に列は前に進まない。何でだろうと思ったら、まだドアに鍵がかかったまま誰もトイレに入れないでいる。列はどんどん伸びる。本来6時開錠のはず、マチュピチュの入り口に居る職員のところに行って、文句を言ってみる。すると「え!?、鍵開いてないの?」と彼も驚く。そして「上司がまだ来てないからなぁー」と情けないことを言う。
待ちきれない観光客たち。男子はドアを乗り越え、女子はドアの下の隙間を這って中に入り始める。次々とドアを乗り越える男子。そして一人がドアをよじ登った拍子に、ノブ近くを強く蹴ってしまいそこの板が割れる。女子トイレでは仰向けに寝そべった“太め”の女子のおなかがドアにつっかえ、隙間に挟まったままもがいている。中から友人が足を引っ張っているらしく、悲鳴を上げなら徐々にドアの内側に吸い込まれていく。列、先頭付近全員が爆笑。彼女の行為は醜いが、なんとなく殺気だち始めていた場は和む。世界の観光地マチュピチュにトイレがない瞬間。管理者の落ち度と暴走し始める市民ってところか。
それにしてもいったい何なんだろう。ただマチュピチュに入りたいだけなのに。この怒涛のように続く混沌は!?哀れな女子が挟まってすぐ、鍵を持った職員が来る。
みんな一斉にほっとした。

世界中の人々があこがれるマチュピチュ。観光客が増えつづけることで、環境破壊やごみ問題はもちろんだが、今までは起こらなかったような、この場所特有の問題が持ち上がる。そのために設けられる新しい規制や値上げ。今朝のこの一連の出来事は、そんな問題のほんの小さなひとつなのだろう。
それにしても、いとも簡単に暴徒と化す旅人たち。これから先、いったいどうやってコントロールしていくのか少し心配になる。
そして、今回もうひとつ気になったのは“ペットボトルの持ち込み禁止”問題。チケットにも明確に記載されていて、ゴミを出さないための配慮だと聞いた。そのため、私達は詰め替え用にアルミの水筒を購入して行ったが、この禁止令、まったく機能していないどころか、中でペットボトルの水が売られていたりもして、わけが解らない。
しかし実際のところ、入り口でペットボトルを没収したりすると、かえってその処理に困りそうだし、水の販売がなかったら、脱水症状を起こしたり熱射病になったりする人続出と、別の問題も起こりそうなので、脅しが効いて、ペットボトルの数が減ればそれで良しなのか?
みんな、ごみは持ち帰りましょう。


マチュピチュは山の上に建てられたみんなんのテーマパークというわけではない
多くのジレンマを抱えるマチュピチュ。
旅を続けているとつい、とにかく安く快適に・・・といつも思ってしまうが、世の中には“特別な場所”というのが存在する。マチュピチュを取り囲む険しく雄大な山々を見ていると、本来ただの旅人が簡単にたどり着くべき場所じゃないのかもしれない、という気もしてくる。
それでも私達一般にも道を大きく開けてくれ、いろいろな状況や、そこを取り巻く問題と戦う人々。マチュピチュは何かの形できちんと支払いをしないとたどり着けない場所であっていいと思う。値上げも規制も落ち度も不便さも全てを含め、私はこの場所に来ることができるという事実に、もっと敬意を払うべきなんじゃないか、と久しぶりに少し謙虚な気持ちになった。

DSC_1592.jpg


が、しかし!!マチュピチュを大観光地化しようと、1999年にクスコ~マチュピチュ間の国鉄を、イギリス資本の“オリエント・エクスプレス”に売り飛ばしたペルー政府、そしてマチュピチュをねたに、膨大な宿泊費を請求する前述のマチュピチュ・サンクチュアリロッジ(ここもオリエント・エクスプレスの経営)どちらも金儲け主義の香りがぷんぷんしすぎて、どうかと思う。
オリエント・エクスプレスが参入したことで、快適な観光客用列車が運営されるようになり、より多くの人にマチュピチュを訪れるチャンスが増えたのは確かだ。
しかし、裕福層をターゲットに超豪華車両を走らせ、必要以上につりあがる値段。
1999年以前、国鉄運営時代のローカル列車の運賃は、クスコ~マチュピチュ間、片道一等車指定席で、なんとたったの6ドル!!!観光客用に走っていたアウトバゴンタイプの列車でも、28ドルだった(1997年)。それが現在(2011年)外国人はローカル列車に乗ることさえできない。そして一番安い列車が、片道約60ドル。オリエント・エクスプレスが提供する豪華列車は往復約600ドル(マチュピチュ入場料やガイド、食事代も含まれる)である。ペルーの経済発展状況から考えたら異常な値上げ率だ。たった12年で10倍。それに便乗するように、マチュピチュへの入場料も、当時10ドルだったものが、現在45ドル。
しかし、これらの高すぎる値段設定も欧米諸国(もちろん日本も)から1,2週間のバケーションでマチュピチュを訪れる人々にとっては、どうってことのない値段であろう(日本の新幹線だって2~3万は当たり前だし)。そのうえ、素晴らしい“リゾート地”を訪れるような感覚で、簡単にマチュピチュにやって来ることができるのである。(もちろん本当に素晴らしい場所だけど・・・・)
こんな現実について考えていると、ペルー政府とオリエントエクスプレスのせいで“マチュピチュ・テーマパーク化”が進み、現在のような混乱を招いているような気もしてきて、やはり、腹立たしい気持ちにもなってくる。
私の謙虚さはどこに行ってしまったのだろう。
私の中にもぐるぐる、マチュピチュをめぐるジレンマが存在している。

ペルーレイル(オリエントエクスプレス)の独占状態を止めるべく(?)インカレイル、アンディアン鉄道もマチュピチュへの列車の運行を始めた。
マチュピチュ発見から100年を記念する今年、多くのイベントが企画されているが、そんな中、インカレイルはさらに豪華な“インカ・プリンセス”という一車両8人定員の客車を走らせるという記事を見た。豪華化競争には、ますます拍車がかかっていくようだ。
お金持ち相手ではないサービスや料金の改善があれば良いと思うのだが、実は今でも最安値を提供しているのは、ペルーレイル(オリエント・エクスプレス)なのだった。
がんばれアンディアナ鉄道、インカレイル!!


さて、次回はマチュピチュの写真をアップしますが、一足先にマチュピチュを堪能したい方はこちらからジェフのブログへ。

スポンサーサイト
[2011/05/16 11:39] | ペルー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<マチュピチュ | ホーム | ビルカバンバ>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://tabitte.blog28.fc2.com/tb.php/18-b7c38aac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。