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マチュピチュ
やっとたどり着いたーーーーー!!

切り立ついくつもの峰、それらをつなぐ尾根の一部に作られた不思議な町、標高2400メートル。頂を覆うその古代の町は、こまごまとした装飾が施された山の上の冠のように見える。そして、その周りを何重にも囲む壮大な山、山、山。それらは藍の影になり、光を受けて緑色に輝くのを待ち構えている。朝もやの中、影と光が作り出す重なりたち。その合間をうすく棚引く雲が流れていく。
東側から斜めにまっすぐに伸びる金色の光が現れる。今はまだ、町にも山にも届かず空だけを白っぽい水色に染めていく。なぜこの場所に町を作ったのか、無言で納得させられるようなとても強い風景だ。

DSCF8338 (2)


入り口から15分ほど坂を上った、マチュピチュ全体を見下ろすことができる段々畑の端に座っていた。
しばらくするとマチュピチュの中にも朝日が届く。
変わらず雲はゆっくりと流れている。ここを目指してから、初めて訪れた確かな静寂。わざと大きく息を吸い込み、この清らかな空気で私の中も満たされればいいと思う。腰を下ろして刻々と変わる景色を眺める。そこに居る誰もが、この風景の一部になりたいと思っているかのように、とても静かだ。
来てよかったと思う。救われる瞬間だ。

しばらくすると人も空気も動き出す気配。太陽の光が強くなるにつれ、私の頭の中はもやがかかった様にぼんやりとしてくる。昨日からの長い長い移動、単純に体力の限界なんだと思う。そして、にごった頭を抱えてふらふらとマチュピチュ内を歩く。本道から外れて、階段を下りる。4人の男女が山に向かってひざまずき、しずかに祈っている。そっと後ろを通り過ぎながら私も山を見る。誰に祈ればいいのか見当もつかないが、私も手を合わせてもいいような気が少しだけした。
10時ジェフはワイナピチュへ。私は、朝せっかくもらったワイナピチュ入山許可だが、あっさりパス。眺めのいい一角で読書。
向かいにある天文台の上には人があふれてはじめた。人のざわめきが遠くからでも伝わってくる。若いグループがふざけあいながら何か大声で叫んでいる。マチュピチュは完全に観光地になったが、朝と同じように美しかった。

DSCF8366.jpg


ジェフ、ワイナチュピチュで崖にニコンの良いカメラを落とす
ワイナピチュから戻ってきたジェフは開口一番、「カメラ落とした」わたし「え?」
どうやら、知らないうちに少しずつカメラバックのジッパーが開いて、山を下る振動で隙間から、ぽろっと転げ落ちたらしい。地面にバウンドしたカメラは、運悪くそのまま崖下に。その時点ではカメラがどこに落ちたのかはわからなかったらしいが、もう一度戻ってよく見ると崖下5メートルほどのところで、辛うじてとまっているのが見えたらしい。
ワイナピチュ入り口の職員とカメラ救出作戦に出かけるジェフ。入場規制に使っていたロープを解いて、命綱にして崖を下りるという。職員はどう見ても普通の町の人。果たして、そんなことができるのだろうか。二人を見送って不安だけが残る。

真ん中へんの白い点がジェフ、その下に続く崖が見えるだろうか?
DSCF8367.jpg

そして職員がいなくなった窓口は私が急きょ担当することに。
マチュピチュでお仕事です!!
ワイナピチュから降りてくる観光客に出口で下山のサインをしてもらうのが私の仕事。
小さな小屋に入って、30分ほどこの部署を担当。ワイナピチュ登山について質問されたり、山から降りてきてぐったりしている旅人をねぎらったり、本物の職員のよう。ぺルー人の旅行者には、ここで働いているのかと物珍しそうに訊ねられ、「臨時です」と答えておく。
そうこしていると、ジェフと入り口の職員と、もう一人、山の頂上にいたという別の職員とが3人で戻ってきた。ジェフは笑顔である。
頂上にいた“もう一人の職員”というのは“本物の山の民”であった!!彼は、棒一本を支えに、“ひょいっ”と崖を下り、ジェフのカメラをあっという間に拾ってきたのだそうだ。そのうえカメラを手にしてすぐ、ちゃんと作動するかどうかをまずチェック、上から見ているジェフのスナップを、崖の途中からパシャっと撮るほどの余裕だったとか・・・。こういう現地の人の並外れた運動能力には本当にびっくりさせられる。町育ち、ジェフと入り口職員があーだこうだと、何もできずに途方にくれていた時間25分。救世主、山の民が現れ、問題を一瞬で解決する。

救世主撮影によるジェフ 見よ!この崖
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そして戻ってきた問題のカメラ。標高2400メートルで宙を舞ったにもかかわらず、レンズキャップの角に0,5ミリほどのくぼみができたのがすべての損傷。
これってマチュピチュ・ミラクルじゃないか?パチャママ(大地の神様)の救いだ。
そうだ!!ここでの祈りはパチャママに捧げればいいんだ。朝のなぞが解ける。
ちょっと浮かれすぎだが、手は合わせず、両手を挙げてパチャママに感謝の祈り。届くだろうか。


生き残った彼のカメラからの写真も含め、マチュピチュ一挙公開

窓が台形っぽいのは地震対策だとか
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段々畑、雨や土砂崩れの多いこの地方で、現在でもきちんとした形で残っているのは、見えない土台がしっかり作られているからだそうだ
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太陽が軌道を外れないようにつなぎとめておくもの ここに手をかざすとインカパワーがもらえる
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天文台の上にある彫刻(?)正面の山の風景がそっくり形どられている 天文観測も意外と暇だったのかもしれない
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天文台からの風景 正面遺跡の下は完全に絶壁
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山、山、山
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インカ時代から咲き続けている種類の蘭
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遺跡の隙間に住むインカツバメ(?)
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日が傾く頃までねばりました
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最近では、マチュピチュは普通の都市ではなく、インカの王族や貴族のための田舎の別荘のようなところだったという説があるらしい。私はここに来てみて、その考えがとても気に入ってしまった。インカの王がほしいままに手に入れた絶景。見るからに最も美し、くとても不便な場所。王のわがまま意外にこんなところに町を作る理由があるだろうか?
スペイン人征服後は誰も訪れるものがいなくなったのも納得できる。


山の民達の苦悩
マチュピチュに行くにはいくつかの方法がある。
その中でも人気なのがインカの人々が歩いた道をなぞるインカトレイル。現在はトレイル保護のため、ガイド、ポーターも含め1日500人と制限されている。そして、特別のライセンスを持ったガイドだけがここを案内することができる。
そのため多くの旅行会社がキャンプやハイキング、サイクリングを組み合わせた、新しいコースを企画している。
マチュピチュからの帰り道、来るときと同じ線路沿いの道を歩いていると、手ぶらの旅行者とその1時間後ぐらいにとても大きな荷物を背負ったポーターに出会う。インカトレイルのポーターたちは、一人が運ぶ荷物の重さは20キロ以下と制限されているが、こちらのポーターたちどう見てもそれ以上の荷物を背負っている。たった10ソル(約3.5ドル)で乗れる列車代も出ないのだそうだ。

旅行者4人分とガイドの荷物
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汗だくになって歩く山の民。たとえ、農作業を休んででも、ポーターをするほうがずっと良いのだと、あとで別の人から聞いた。つらい仕事でも必ず現金収入があるからだ。
本当によく鍛えられた体を持った山の民たちだが、彼らの弱みに付け込んで、あまりにもハードな仕事をさせる旅行会社は、ちょっとひどすぎると思う。といっても本当は、より安くてよさそうなツアーを探す私達外国人旅行者のせいなのだが・・・・。


一人旅の女子とポーター。彼女のでっかいバックパックと、プロパンガスのボンベ、食料、水・・・これは無理だよー
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[2011/05/20 03:23] | ペルー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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