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ビルカバンバ
ビルカバンバという町に来た。標高1600メートル。山の緑色がとてもまぶしい。バスを降りてすぐ、アンデスでは毎日着ていたセーターを一枚脱いだ。日曜日の夕方、すれ違う家族連れも、若者もみんな笑顔である。ここは長生きの町だと聞いてやってきた。

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ロハという最寄の大きな町から1時間半、ビルカバンバへの直通バスがある。バス会社の窓口には美しい緑を背景に、カーボーイハットをかぶったお爺さんがメインで写っている。町の公園にもお爺さんの看板があり、とても誇らしげな表情を私たちに向けている。さらに、初日泊まったホテルの共有スペースには、2003年のカーニバル(!?)のポスターが今でも貼られていて、そこにも凛々しいお爺さんが大々的に起用されている。カーニバルで欠かせないのは、キラキラで羽がいっぱいで、小さいビキニをつけた若い豊満な女性のはずじゃなかったのか!?この町はとことん本気で“長生きのお爺さん”を“うり”にしようとしているようだ。お爺さんハッスル!

老人に関する研究の中心地 ビルカバンバ
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さて、到着してすぐ、町から2キロほど離れた別のホテルを見るために坂道を上っていると、ビー玉で遊ぶ子供たちや、座って話し込んでいる若者に混じって一人の老人が座っているのが見えた。ただの普通のおじいさんなのだが、すっかりこの町の作戦にはまってしまった私は、つい“おお、老人だ!”と妙に興奮してしまった。そして、そんな気持ちを隠すように、いつもより控えめに「こんにちは・・・・」と言うと、私の言葉が終わるか終わらないかのうちに「オー元気かー?どうだ調子は?いいか。いいか。どっから来たかー。そうかー。よしよし!」と一人完結気味に、とてもにこやかに声をかけてくる。そして声が、ものすごく大きい。
“あー、なぁーんか、みょ―に、ポジティブだー。”
確かに町の人もみんなニコニコしていたし、この明るさが長生きの秘訣かー?などと思い、私はあいまいに微笑みかえした。とにかく物売りや、タクシーの客引き以外には、今までに見たことのない愛想のよさなのである。

予想以上のおじいさんの反応に奇妙な後味が残ったが、よくよく考えてみると私も私である。この町に来てすぐ、今までに感じたこともない気持ちで老人を見ている。そしてチャンスがあったらいい老人の写真を撮ろうとも思っている。まるで、“ガラパゴス、赤道直下に住むペンギン”に対するのと同じような気持ちで、長寿の町ビルカバンバに住む本物の老人を激写したい!!と思っているのである。なんだか変だ。
そんな事を考えていたら急に沖縄のことを思い出した。そうだ!沖縄も長寿の島だ。でもなんで?沖縄では“おばあさんの写真を取りたい!!”と思ったことはない。沖縄へ行ったら、さんご礁の海で思いっきり遊んで、おいしいソウキそばをさがす。琉球時代を想い起こさせる古い瓦屋根の建物の写真を撮り、空に浮かぶハイビスカスを眺める。そんなイメージで満たされていく沖縄。ポスターはいつでも白い砂浜と青い海であって、長生きのおばあさんではない。海辺にたたずむおばあさんのポスターもなければ、長寿を強調する宣伝文句もない。(あってもいいかもしれないけどねぇ。)
沖縄の長寿は、沖縄に関する“小さなひとつの事実”として、とても冷静に存在している。

情報に完全に支配される私の視点。少しばかりビルカバンバについてのガイドブックを読み(長寿の町と紹介されている)、ジェフ(主人)に耳元で「おじーさん!おじーさん!!」とささやかれ、そして何枚かの老人のポスターを見た。そういった老人を特別視するほんの少しの情報の積み重ね、たったそれだけで私のこの村のおじいさんに対する意識はすっかり変わってしまった。たぶん私だけじゃなく、この町に来た多くの観光客が同じようなことを感じたはずだ。宣伝効果ってやっぱり怖い、と改めて思い知らされる。
・・・・その反面ほかには何もないのかこの町は!と少し突っ込みたくもなるのだが・・・。

さて、画して特別の付加価値を持ったこの町の老人たち。気がつくと毎日同じ老人が何人か公園をうろうろして、時々観光客と話したりしている。ポスターの老人に似ているような似ていないような・・・・。彼らは自ら自分の価値をアピールし、人々から注目されることで自分の付加価値をさらに確認しているように私には見えた。そして毎日そんな行動を繰り返している。(本当はただの日向ぼっこと暇つぶしなのかもしれないのだが・・・・)
坂道で見かけたとても愛想のいいお爺さん、彼も含め、この町では老人のアイドル化が進んでいるのかも知れない。

現実の話としても、ここは欧米の老人たちの憧れの地と化し、着々とリタイヤした方々が土地や家を買っている。

老人印ミネラルウォーターのタンク vilcabamba+ agua(水)=vilcagua
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余談

ビルカバンバはとにかく穏やかで美しい町である。のんびりするにはいいところだ。ということでお勧めホテル2件。

初日は町にあるLe Rendez-Vouというゲストハウスに泊まった。共同シャワー・トイレでダブルだと1人9ドル朝食付き。かなり“完璧”に近いホテルである。共同シャワーといっても部屋2つに対してバスルーム1つがそれぞれ区切られていて、もしキッチンさえあれば、ちょっとしたアパートのような感じだ。入り口には大きなテーブルとハンモックがあってそこでゆっくりすることができる。左手前方に、美しい山が見え敷地内の緑もよく手入れされ、花が咲き乱れている。部屋やバスルームそれぞれの空間も広く雰囲気もいい。シャーワーもトイレもモダンでとてもきれいだ。
だが、なぜかちょっとだけ“けち”な感じ。WIFIは別料金2ドル、朝食のパンは美味しいが少ない、バターもほんのちょっとだけ、フルーツはくたびれている。スクランブルエッグはミニ皿に半分ぐらい。水は500ミリ10セント(コーヒーやお茶、水はサービスというところが結構ある)(WIFIで今までお金をとられたところはだだの1っ箇所もない。)とてもいい雰囲気なだけにこういう小さなケチさがすごく残念。
Le Rendez-Vouホームページはこちらから

2件目は町から2キロほど離れたHosteria Izhcayluma 。山の一角に広大な敷地を持ったリゾートなのだが、バックパッカー用(?)にドミトリーも10ドル朝食付き(ビュッフェ形式、手作りパンやクレープが美味しい)で用意されている。ドミトリーといっても部屋も広くベットも空いていればダブルが一人で使える。よくある2段ベットではなく、ロフト形式で2階に分かれていて、とてもゆったりしている。プール、ビリヤードテーブルなどもあり、長旅で疲れた時に手ごろな値段でゆっくりするのにはもってこいの場所。レストランの食事は6ドル前後と少し高めだがどれも美味しい。それでもやっぱり節約したい人は町までハイキングがてら買出しに行ってもいい。外国人だけではなくエクアドル人にも人気の宿だ。
Hosteria Izhcaylumaホームページはこちらから

通路の作りはなんとなくバリ風
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プールは眺めもよいがとにかく花が多い!!
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丘の上の小さなテーブルから見たレストラン部分
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[2011/05/11 03:36] | エクアドル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
日用品のマーケット(グアモテ)
グアモテ(guamote)のマーケット
リオバンバとアラウシの間に位置する小さな村グアモテ。
リオバンバからの列車がなくなって以来、この村を訪れる旅行者は極端に少なくなったようだ。

グアモテからバスで20分ほどの駅
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周辺の駅はどこも廃墟と化し、置き去りにされたままの線路はどこにも行けず、人々も本来の役目を忘れてしまったようだ。そして少しずつ土に埋もれていく。

線路はまたぐもの
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この村に寄ってみたのはINTI SISA というゲストハウスのパンフレットを見つけたからだった。そこに写る素朴な村の写真は、私をひきつけ、木曜日のマーケットもINTI SISAが運営するノンプロフィットのエデュケーションセンター、どちらも興味深かった。

マーケット
想像してみてほしい。渋谷のスクランブル交差点の人ごみが、そのまま小さな村の、牛を売る市場に変わる様子を。(無理か)。山を背景にしたその小さな広場に、色鮮やかな民族衣装を身にまとった人々が、続々と押し寄せる。

広場はあっという間に人でいっぱいになった
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活気にあふれ、前日の静まり返った町とは全く別のところのようだ。この木曜日のマーケット、もちろん生活必需品を扱っているのだが、どうもこの周辺の山に住む村人たちの週に一度の楽しみの一つでもあり、社交の場でもあるように見えた。なんとなくおしゃれしてマーケットに繰り出す人々。そんな趣がないでもない。
若いカップルが、自分達の将来のための良い牛を選んでいる。とても念入りに歯茎や口の中、ヒズメのあたりを調べ値段を尋ねる。そんなやり取りも少し楽しそうに見える。ものは違っても、私たちが新しいソファーや冷蔵庫を買うときと同じようだ。
それぞれの部族がそれぞれ必要な衣類や帽子を売る。彼らの“生活必需品”は靴下でもベルトでもショールでも、私にとっては全てが目新しい。南米に来てからいくつか訪れた“観光客のための民芸品”を売るマーケットとはずいぶん違った趣をかもし出していてとても楽しい。

赤がいいかしら?オレンジかしら?
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羽がついていたり、リボンの色や質が違ったり、選ぶのに時間がかかりそうです
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一口飲んで、休みたくても切れない強力アロエジュース
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左手に注目、札束が厚い。大きな牛業者のおばさん。普通は自分の家から1頭2頭の牛を持ってきて売っている。
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夕方、羊もバスで帰ります
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INTI SISA
コンピューターのクラスと、子供のクラスがある。
地域の集落に先生が訪ねていって、授業をすることもあるそうだ。
見学したければそれらの集落を訪問することもできる。周辺の風景がとてもきれいだったので、小さな村のそのまた村を訪ねるのは楽しいかもしれない。

費用は家庭の収入によって変わる。学校に通うチャンスのなかった子供もたくさんいて、みんなよく先生の言うことを聞いてとても楽しそうだ。
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時間に余裕のある人は、メインの観光コースを少し外れ、前述のINTI SISAに泊まり彼らのプロジェクトを見学し、マーケットに行ってみるのも案外楽しいと思う。
INTI SISA ゲストハウスに関する情報はこちらから(但しこちらのページの情報、あまり新しいようには見えないので事前に電話やメールで確認することをお勧めします。)
[2011/04/29 05:15] | エクアドル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
神様のいる場所 (チンボラソ)
チンボラソ火山、標高6267メートル。廃線になった駅のはるか向こうに悠々とそびえているのが見える。数年前までは険しい山あいを走り、世界で唯一“屋根に乗ることができる電車の町”として有名だったリオバンバ。今でも2時間南下したアラウシという町からは、観光用に2両編成の電車が走っている。が、2011年4月現在では屋根に乗ることはできない。

夕方のリオバンバ駅
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本格登山をする気はないが、チンボラソ火山の5000メートル地点にある山小屋までは、意外と簡単に行けるという。富士山の頂上も飛び越えて5000メートル!?大丈夫かなぁー。

バスに乗り込み、町の中心から少し離れると、ところどころひび割れた壁や、当たり前のように捨てられたごみが目に付くようになってくる。天気のせいで、それらは余計に汚らしく私の目に映る。空は白っぽい雲で覆われ、山もほんの一角しか見えない。
そういえば、アジアを旅行していたときのシュノーリングツアーもいつも曇り。2度にわたるボルネオジャングルツアーでも激しい雨にあい、ジェフ(主人)が一人で行ったハイキングも山歩きも、全部曇りのち雨だった。
そんな事を思い出しながら、本当なら山が見えるあたりの雲をじっと見つめる。なんとなくいやな気分になってきて、「ジェフは雨男なんだ!!」と文句を言ってみる。もちろんそんなことを言ったからといって、天気が回復するわけでもないし、もともと、今日の天気の悪さも彼のせいではない・・・。分かってはいるが、八つ当たりしたくなる。
そんな私に対し「ほら、あそこに僕らの希望が!」とジェフ。果てしなくグレーに近づいていく空に、小さなしみのようにぽつっと残った、うすい水色を指差す。あくまでもポジティブである。

バスは山の西側に回りこむように1時間ほど進む。近づくにつれ、雲が晴れてくっきりとチンボラソが見え始めた。今年見る初雪だった。
幸運なことにバスを降りるとすぐ、今から4800メートル地点にある最初の山小屋まで行くというエクアドル人の熟年カップルが車を止めてくれた。彼らは1年中とても暑い海辺の町から来ているそうで、山間部にある有名な(?)教会やキロトア湖など、いくつかの神秘スポット(とは呼ばなかったが、‘ミスター奇跡’が創った大自然)を1週間くらいで巡るのだそうだ。そんな話をしているとすぐに入り口ゲートに着き、入山料2ドルずつを支払った。

バスから見たチンボラソ 緑がとてもきれいです 
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チンボラソの入り口から最初の山小屋までは8キロ。もし何かの都合でごつごつした石を探しているのなら、ここに行けば、必ずほしい形とサイズが見つけられるだろう、と思うくらいほかには何もないところだった。岩と石ころと砂利と砂とほこりだけの世界。
車は山を横切るように斜めにまっすぐ上っていく。しばらく行くと道は180度Uターンし、また反対側に同じように続いていく。霧の向こうにビクーニャ(リャマと似た動物)が見える。下からはどんどん雲が押し寄せてきている。

こんなところを走り抜けました ビクーニャは何を食べるんだろう
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霧と霧の合間を駆け抜け、最初の山小屋に到着した。どうやら、雲に追いつかれずにすんだようだ。もしヒッチハイクできていなかったら、あの雲たちに負けてたなぁと思うと、さらにこのお二人に感謝した。
おじさんは車を降りると山にむかって「ああ、本当に美しい!神はいつも私と共にいらっしゃる」と満面の笑みと、太く大きく自信に満ちた声で言った。そして私も一緒に巨大な山を見上げた。

すぐ先の雪が解けずに白く残りはじめているあたりに、オレンジ色の小箱のように次の山小屋が見える。

写真の真ん中、下のほうに小さな小屋の屋根が見えるだろうか?ホント近いんだけどねぇ
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多少蛇行しながら続く小道。たった200メートル高度を上げるだけなのだが、これがなかなか難しい。おばさんは車で休み、おじさんとは一緒に次の山小屋を目指した。本当に少しずつしか動けない。おじさんは座り込んで「先に行ってくれ」と言う。待っていようか迷ったが、私は休んでしまうと動けなくなりそうだったので、そのままゆっくりゆっくり進んだ。なんだかスローモーションのジョークを、やりたくもないのにやらされているような変な歩き方になる。
少し前を歩いていたジェフが霧で影しか見えなくなった。空気は一気にひんやりする。何かの仕掛けで舞台装置がからからと変わるように、急に霧が晴れたり真っ白になったりを繰り返す。

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山小屋がすぐ近くになった。ジェフが待っていてくれて、手をつないで一緒に5000メートルに到着!

ようやくたどり着いた5000メートル。世界は霧(雲?)で真っ白だった。

それでもなんとかたどり着けたことが嬉しくて、バスの物売りから買った甘い甘いキャラメルをなめ、真っ白な世界をかみしめる。あたりを少し歩いてみる。真っ白。二人で記念撮影をする。やっぱり真っ白。具のないおにぎりを食べながらジェフに写真をとってもらう。バックはもちろん真っ白である。山小屋で買ったホットチョコレートを、フーフーとさらに白い湯気を立てながら真っ白な中で飲み、パスポートに貼れるという5000メートル到着記念シールを1ドルで買う。
これらのことを一通り終え真っ白な世界を十分楽しんだ私たち。そろそろ下りようかと下を見ると、何か黄色い四角いものを持っておじさんが霧の中から上ってくるのが見える。もうあきらめて下りてしまったとばかり思っていたおじさんの登場に、すっかり嬉しくなって、駆け下りていってしっかりハグした。「すごい、すごい、0メートルから5000メートルだよ!!」そして最後のほんの少しの道のりを、おじさんと一緒にもう一度登り始める。
・・・すると、“えーーー!?”急に山の雲が切れ始めた。どこまでも透明で深い青い空がのぞく。きっちりとした山の稜線と発光しているように白い雪、そこに荒々しく浮かび上がる岩肌。その表面をうすい雲が滑りぬけていく。地球上で太陽に一番近い所。その光をふんだんに浴び、神々しいくらいに輝いている。
少し離れたところでおじさんは両手を広げ、大きな声で神様との対話に熱中し始めた。「神よ、私たちの罪と・・・・・・・・・許したまえ」祈りの言葉は次々と5分以上続いて、なんだかとても長い・・・・。

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ちょっとした偶然か‘ミスター奇跡’が起こす小さな奇跡のひとつか。雨男のジェフと晴れ男のおじさん。
輝く山の一角で神をおそれ、心から祈るおじさんを見ていると、今日のところは、神様は本当に彼とともにあるように見えた。
おじさんは私に向かって「神様は僕と一緒にいるでしょ」と言いいながら隣に腰を下ろし、ポケットから取り出したチョコレートを満足そうに食べた。そして私に「神を信じているか?」と質問してから、クルクルっと丸めた金色の包み紙を石ころでもほうる様に“ひょいっ”と投げ捨てた。“えっ?”
足元に落ちた小さな金色のくずから顔を上げる。目の前では、一瞬前とまったく変わらず、悠然とチンボラソが輝いている。おじさんはいったい何を恐れ、何を信じているのかわからなくなった。そしておじさんをもう一度見た。彼が手にしていた黄色い四角いものは、ぴっちりときれいに折りたたまれたままの雨合羽だった。

神様おじさんと記念撮影              パスポートに貼った記念シール
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[2011/04/28 15:11] | エクアドル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
暗い電気
La Casa Cuencana, クエンカについてからの私の宿だ。

内装全体の色使いも明るく、光もたくさん入る。キッチンの棚や階段の脇など、ところどころに観葉植物が置かれていたり、共有スペースには白っぽいかわいらしい籐椅子が置いてあったりと、“何となく、いい雰囲気”の宿である。

キッチンも広く感じは悪くない。しかし、初日の夜、久しぶりに料理をしていて、気がついた。私もジェフ(主人)も、なぜか無口になっている。普段お互いが少ししゃべらないからといって、どうってことはないのだが(毎日ずっと一緒だからね)この日は、なんとなく気まずい空気が漂い始め、“何か楽しいことを言わなければ!”と変に追いつめられた気分になった。別にけんかをしたわけでも機嫌が悪かったわけでもない。ただ、思いあたるのは、キッチンの電気が“異様に暗い”ということだけだった。薄暗く広がるその蛍光灯の光は、空間全体の色や料理の輝きを奪うだけでなく、私たちの心の中にもその色あせたイメージをじんわりと広げていた。

私たちがついたその日、同じホテルには韓国人のグループも泊まっていた。彼女たちは、夜、誰もいない部屋の電気をつけたまま、時々部屋に戻っては、またそのまま出て行く、ということを繰り返していた。その様子を見ていて、アメリカに住んでいる、ジェフのお姉さん家族のことも思い出した。外から家を見ると子供部屋、夫婦の寝室、キッチン、リビング、全部の部屋に明かりがともっている。が、いざ玄関のチャイムを押してみると実は留守だったなんて事がよくあった。
韓国人もアメリカや日本と同じように物に満たされた生活を送っているんだなぁと良くも悪くも、漠然と思った。

こういうことが意外と当たり前になっている私たちの生活。ここの暗いキッチンは私をひどく悩ませた。これが節電ってことなのか!?本当に考え込んでしまった。この一年、生活の快適さにはあまり恵まれていない私でも、本気で気がめいる明かり。果たして日本人に受け入れることができるのだろうかと思う。薄暗いデパートや薄暗いスーパーで買い物をし、薄暗いキッチンで食事を作る。もしかしたら原子力発電を否定するということはそういう生活を受け入れるということになるんじゃないか・・・そう思うと、とても重く暗い気持ちになった。

そんな事を毎日キッチンに行くたびに思いながら何日か経った。そして5日目の朝、普通に思いついたことがある。
ここは日本ではなくエクアドルの安宿だった!!

人の心を陰気にするこのキッチン、どうやら問題は、明るい暗いという根本的な光量のせいだけではなく、“天井の真ん中からぶら下がった、ただの節電用の蛍光灯”という、なんとも殺伐とした光景にもある、ということに気がついたのだ。節約=節約である。その現実とそこにある精神。それらが何もかもを色あせて疲れ果てたように見せていたのだった。
そして思った。たぶんこれから先の日本、未来に温かい光をずっと灯し続けてゆけるのは優れたアーティストやデザイナーたちなのだと。節約=技術+美しさ。
こうこうと照らさなくても気分のいい光を作り出す、明かりの形や色味。設置する位置や状況別の使い分け。こういうこまやかな精神が普通に存在している日本。だから大丈夫だ!!乗り切れるはずだと。

もしかすると時間やお金のかかる節約になるのかもしれない。それでも英知を振り絞って行われる節約は、単にけちけちすることや人を惨めな気分にすることとは遠くかけ離れたところで存在できるものなのだとあらためて思った。


余談
エクアドル人が経営しているホテルでは、時々節約が徹底しているところがある。それは経営的な面からかもしれないし、もともとそういう生活を習慣的に送っているからかもしれない。たとえば、ホットシャワーは使うとき以外は元がとめてあったり、レストランのガスストーブは私たちがいるときだけつけ、すぐにそのあとは消す。もちろんテレビや電子レンジの待機電力は常にオフ。夜中、エントランスや階段エリアの電気は消されていたり、またはタイマーが取り付けられていて自動的に消えるようになっていたりする。あと、これは特にいいなぁと思ったものだが、一階に薪ストーブが置かれていて2階3階はむき出しの煙突部分で温めるというもの。
まあ、とにかくホテル全体を快適に保とうというサービス精神とはかなりかけ離れた世界である。それでもやっぱり見習うべきところがあるとしたら“まめさ”かな。

さらに余談
こちらの表から疑問は起こった。

原子力発電をなくすと本当に日本は電力不足になるのだろうか?
現在の1年間に生産されるの総電力量はほぼ10、000億kwh。そのうち原子力発電が占めているのはたった30%。原子力発電をゼロにしたとしても現在の日本は年間、約7000億kwhの電力を供給することが可能だ。これはほぼ1990年の日本の1年間の総電力量と近い数値だ。バブル全盛期のあの頃、私たちは電気が不足していると感じていただろうか?今とどれだけ生活が変わったというのだろうか?さらには水力発電などでは年間に供給できる電力の20~30%しか生産していないらしい。なぜなら原子力発電は電力生産の強弱が調節できないため、時によっては過剰に電力を作りすぎるからなのだそうだ。
“原子力発電をなくす=電力が足りなくなる=今の生活が維持できない”なぜかこんな図式が知らないうちに頭の中に刷込まれているのだが本当のところはどうなのだろう?


[2011/04/16 12:05] | エクアドル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
キロトアループ
ラタクンガを起点に、キロトア火山周辺の村々を一周するルート。エクアドルの中でも、特に美しいハイキングが楽しめると評判のところだ。
私たちは3泊4日で一周することにした。

3月21日(月)ラタクンガからキロトア湖、“行方不明の恐怖”参照

3月22日(火)、よく晴れた美しい朝、私たちはキロトア湖を眺めている。大きな大きな谷を越え、次の村チュグチランまで歩く予定だ。直線距離で8キロとかなり近いのだが、高低差が激しいため5~6時間のハイキングになる。
私もジェフ(主人)も、まったりと湖を見つめたまま、どちらも出発しようとは言わない。昨日の遭難事件は、まだ私たちの気力に重くのしかかっていた。
手持ち無沙汰で、なんとなく隣にいた男性と話し始めた。すると、なんとものすごい幸運!!次の町で泊まろうとしていたホテルのオーナーだった。迷わず彼の車で送ってもらうことに。
車道だとチュグチランまで22キロ。大きく山を迂回していく。オーナーと話しながら小1時間チュグチランに着いた。あー楽チン!

ここからは駆け足でキロトアループの写真紹介。

チュグチラン到着後ミニ・ハイク

坂を下ってー

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坂を上ってー

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お花畑のあるまったいらな大地に。その向こうは大きな谷があったのだが怖くて近づけなかった。(まだ昨日の後遺症です)

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翌3月23日(水)、気を取り直して、チュグチランからリシンビリまで5時間のハイキング

パッチワークの山

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さらに、パッチワークの山

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まだまだ、パッチワークの山

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右手側、曲がりくねった道を下り、谷底の川に沿って歩き、左側のがけを上る。

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橋を渡って

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15センチ幅の道をどんどん登っていく。

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断崖絶壁に阻まれても迂回して登り続ける。

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景色はとてもきれいなのだが、激しい上り坂とぬかるみ道。さらには正しい道を歩いているのか不安になり、へとへとになった。ロールプレイングゲームのヒントのような、“怪しい案内”を持ってはいたのだがホント解りにくいったら。ちなみにこんな感じ。
“そのまま進んでいくと(これがかれこれ1時間くらい)大きな道にぶつかる。(実際はぜんぜん道は大きくない)そこを右折し(右折というより道がなじんで直進)さらに歩いていくと左手に草原が現れる。そこを斜めに横切り左手に家が見えたら手前で右へ進む。左側下に川が見える。道なりにそのまま進み(道が2本に分かれるし・・・)川を渡り岩場を登る(川を渡ろうにも橋がないし)(牛が待ち構えていて激怒るし)・・・・。

到着したリシンビリは1件しかホテルのない本当に小さな村。一周してみたがレストランすら見つからなかった。


3月24日(木)、午前3:00 次の村、サキシリに向かうバスを待つ。この後のバスだとマーケットに間に合わないそうだ。

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サキシリの動物市場。暗いうちから、もうかなりの人出です。

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羊もバスに乗ってやってきました。バス代は?

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ご購入でしょうか?念入りにチェック中。

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ラマ(リャマ)の子供。可愛いなぁ。欲しいなぁ

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動物マーケットのあと、別のマーケットへ

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ここでもタイヤのリサイクル。ダイナミックです。

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朝早かったせいで、昼前には満足し、ぐったりしながらラタクンガに戻った。
早速寝なおそうとベッドでもそもそしていると、爆音で永遠と続く吹奏楽団のマーチ。
しぶしぶ表に出てみると、今日はラタクンガの独立記念日だそうで、エクアドルの地域文化をたたえるパレードが催されていた。

回りながら膨らむスカートのフリル。女子の憧れです。民族衣装って痛いところをついている。

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パチンどめだらけの女の子や

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シャーマンに変装た若者達

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ジェフを見つけるなり、まっしぐら!「コートパクシー、チーンボラッソ~」とまじないのように火山の名前をを唱えながら、葉っぱやらお酒やらでお清めの儀式。彼は、ほかのシャーマングループからも3回ほど清められてました。

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とっても華やかなパレードでした。

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[2011/04/13 11:44] | エクアドル | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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